性格が悪い「こんな自分は嫌だ」も親からのギフト

2017年12月11日

 

こんにちは、みきすけです。

誰しも「理想の自分」をもっていますよね。

コミュニケーションがあって、誰からも好かれ、人脈があり、いつも笑顔で楽しそうで。

私もそんな人になりたい。

でも人には与えられた向き不向きがあって、おそらく私は上記の例のような、「誰からも好かれて笑顔で楽しそう」な人にはなれないでしょう。

・・・と、ネガティブな事をいきなり書いてしまいましたが、要は「誰からも好かれて笑顔で楽しそう」な自分が果たして本当に幸せかどうかっていう事です。

今回は自分の才能・強み、親との付き合い方、反面教師のついてつらつらと書きました。私が学んだ心理学や自己分析の内容にも触れています。

 

ギフトが欲しいものとは限らない

ネガティブからスタートしてしまうんですが、よく親から与えられたものを「ギフト」と呼ぶことがあります。

それは才能だとか、天性の性格だったり、好み、認知の部分です。

この「ギフト」は言い方は悪いですが、望む望まない関わらず一方的に与えられたもの。言葉も世界も分からないおんぎゃー時代のほんの数ヶ月に与えられるものなんです。

 

だから今の自分が欲しかったものでない可能性は十二分にあります。

誕生日のプレゼントにもらったディズニーのマグカップが、全く欲しくないプレゼントであるように。

厄介なのは才能や認知はディズニーのマグカップのように、捨てたり人に譲渡したりできないということ。そしてそれを殺して生きることは、自分自身をネガティブに陥らせるものだってことです。

 

ギフトは自己防衛のための武器

愛知から福岡へUターンして、今実家で暮らしています。

父と話していて感じたのは、私の性格は父親から自分の身を守るためじゃないか、ということです。

 

我が父親は(本人は否定していますが)トランプ大統領とそっくりな性格です。女好きで自分の好きな人に特に見栄を張りたがるところとか。あと、人の話聞かない。

私の夫は私と正反対で、協調性があり、慈愛に満ちあふれ、親切で温かみのある人です。

そんな夫のような性格だったらどうでしょうか?

たぶん、精神病む。毎日あら探しされて、せっかくご飯作ってもお礼も言ってくれないような父だから。

 

私は父と似たタイプではありますが、より理屈と論理を重視します。父からすると私は「屁理屈ばっかりいう」子どもなんです。

具体例があるといいのでしょうけど、そうすると読者の方に超絶不快な思いをさせてしまうでしょうから、割愛します。

ともあれ直感で「こうするべき」と強く要求を押し通す圧力と、戦うために生まれたかのような性格だと思いませんか?

与えられたギフトはその環境で戦うための武器。

でも社会をそれなりに知ってくると、そんな武器じゃ戦えないよ!って叫びたくもなります。

 

親と似た性格の自分が嫌い。

それでも本当に生まれた瞬間に生き別れにでもならない限り、子どもは親の特性を受け継ぎます。

参考までにみきすけ独自分析によるPCM結果をご覧ください。

 

PCM性格分析だとこんな感じ(強→弱)

  • みきす父:(
  • みきすけ:(
  • みっくん:(

 

絶対にこう!

とはさすがに言えませんが、だいたい合ってると思います。

 

子どもは親の性格をおおむね受け継ぎます。

なんでかっていうと、プレゼントするものって自分の好みに掛かるものだから。

私がもしあなたに誕生日のプレゼントを贈るとしたら、まずディズニーのマグカップは選びません。同じマグカップでも保温性が高いステンレス製のものを選ぶでしょう。

こんな風に、与えられるギフト=性格は親の好み、フィルターを通るものです。

だからそのギフトがどんなに「今」の自分にとって嫌なものでも付き合って行くしかないんです。

 

親に反発するっていうのは

親に反発するのは親が嫌い、ではなく自分のコンプレックスだから嫌なんだ、と思っています。

社会を知ってくると、評価されやすい性格や態度っていうのが段々分かってきます。でもそれは自分がもらったギフトとは全然違うんですよ。

 

私の場合はまあ、女子のコミュニティ問題があります。

受け入れがたい同調と共感。一緒にトイレに行かないやつは友達じゃないみたいな。

(実際トイレ終わってさっさと教室に戻ったら、「友達なら待っておくものでしょ!」と一方的に縁を切られました)

 

そういう社会生活とうまくなじめないコンプレックスが親。

殺すんですよね、自分を。殺しまくった結果、自分のギフトを生かせる場所も見失って。

ある意味ギフトの理解者でもある親に反発する。

私はそういうことなのかな、と考えました。

 

ギフトの使い方。真の反面教師

よく「反面教師」という言葉を使うことがありますが、私も含め間違った使い方をしていることが多いんじゃないでしょうか。

私は父の威圧的な言動が超キライで、しかもなんのロジックもない「自分が嫌だからオマエがやれ」感が吐き気を催すくらいに嫌いなんですよ。

でもそういう威圧的な一面を自分が「ギフトとして受け取り、持っている」ことを自覚しているから、沈黙したり、意見を言うことを抑えて殺してしまっているんです。

でも私の武器は沈黙してやり過ごす事じゃないんです。だってそれって「ギフト=武器」とぜーんぜん違うじゃないですか。

「ギフト」は使わないと自分にとってストレスだし、「武器」は使わなかったら刃は錆ついてなまくらになっていく。

 

反面教師から学ぶのは武器を置くことじゃなくて、武器を正しく使うためのものです。

 

反面教師から学ぼうとするあなたは、決してその武器を、相手に不幸をもたらすためには使わないはず。

 

この記事で言いたかったこと:まとめ

  • ギフトは親フィルターによって与えられたもの。だから結構似てる
  • 親が嫌いなのは武器を使いこなせてない自分のコンプレックス
  • 武器の使い方を反面教師から学ぶあなたはきっと、他人を不幸にするために武器は使わない

 

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